カプコンのクイズとハチヨンの僕


小さい頃の僕は、近くに居る知らない人に平気で絡む
子供らしい子供であったらしい。

姉の運動会で、知らないファミリーのお母さんに
「スイカください」と言って西瓜を分けてもらったこと、
犬を散歩させる貴婦人に「これはなんていう犬ですか?」と聞いておいて
説明してもらっている途中で飽きて帰ったことなど、
父から繰り返し繰り返し聞かされた。

そんな幼少期にしたナンパのことなど自分ではほとんど記憶にないが、
ただひとつ、家族旅行で青函トンネルをくぐっている間に
大学生くらいのカップルと仲良くなったことだけは覚えている。

仲むつまじい男女2人の時間をこんなクソガキが邪魔しちゃいけないとか、
まだ僕にそんな分別すらなかった頃の話だ。
 

中央の通路を挟んだ座席に並んで座っていたその男女の前に置かれた
グリコ「プリッツ」のサラダ味。
その緑色の直方体は、上面の糊の継ぎ目からべりべりと剥ぎ開かれていて、
それを見た僕は、違うよ、こっちのキリトリセンからあけるんだよと教えてあげた。
声をかけたきっかけはそんなことだったと記憶している。

父も母も、すみませんすみませんとは言いながら、
僕を自分たちの席にひっぱり戻すようなことはしなかったのだろう。
あるいは彼らが極端に優しい人たちだったのか、
とにかく僕はそのまま彼らの座席に居座って、
要領の良い僕の姉もいつの間にかまざりこんで遊んでいた。
 

その彼らが持っていたのが、
プリッツの箱と同じくらいにごつかった初代のゲームボーイと
そのソフトである、『カプコンクイズ ハテナ?の大冒険』だった。

gameboy

4択の問題にひたすら答えてステージを進めていく、シンプルなクイズゲーム。
そのクイズの内容といえば、「漫画『バリバリ伝説』で○○の人の名前は?」のような
およそ年齢的にも世代的にも自分にわかるはずもない問題ばかりだったが、
なぜだか僕はそのゲームをずいぶん気に入って、
翌年の誕生日に親にねだって買ってもらったほどであった。

わからないなりに1/4の確率で正解を出す僕に対し、
おねえさんはいちいち「すごいねぇ!」とおだててくれた。
おにいさんのほうは僕が答えを選ぶ前に
3だよ、3!と答えを言ってしまうので、本当に男はダメだ。
 

このときの楽しい経験があってから、小学生になった僕は、
やたらと人にクイズを出してまわる子供になった。

エジプトのピラミッドを真下から見ると何角形でしょう?
答え:真下からは見えない、なんて理不尽な問題を出しては
知識ある大人が顔をしかめるのを見るのが好きだった。

同じ時期、テレビでは『史上最強のクイズ王決定戦』
『アメリカ横断ウルトラクイズ』といった番組のブームが終わり、
クイズ番組は、誰もわからないような超難問に即答するクイズ王を眺めるものから、
解答席に座るタレントと一緒に答えを考えられるものへと変わっていった。

一般的にも、クイズが単に知識を試す試験紙ではなくて、
同じことを考える時間を人と共有するためのツールだと再認識されたのが
この時期なのかもしれない。
 

2014年の現在、誰もかれもがスマートフォンを持ち歩き、
いつでもネットで正解を検索できるような時代になって、初めて気がついたことがある。
僕が誰かに「○○ってなんだっけ?」と訊ねるとき、実は正解にそれほど興味はなくて、
ただ考える時間を共有したいだけの場合が結構ある、ということだ。

たぶんクイズは、その最たる形だったのだと思う。

大人になってクイズを出さなくなった代わりに僕は
「○○ってなんだっけ?」と、調べればすぐわかるようなことを話題にして、
ああではないかこうではないかと、疑似的なクイズのプロセスを楽しんでいたのだ。
 

また遊んでねと、幼い僕はあの日そう言って別れた。

その後1人であのゲームをプレイするとき、いつも僕は、
いつか彼らに再会したときのことを考えていた。
おにいさんは僕のこれだけの上達ぶりにさぞ驚くだろうとか、
おねえさんにはこのクイズを出してやろうとか。

結局、名前も連絡先も知らない僕らが奇跡的に再会するという
ドラマのようなことは起こらなかったけれど、
会えないまま、ずっと会える日を楽しみにしていられたからこそ
いまだにあの日のことが強く記憶に残っているんだろうという気もしている。
 

いまや通信技術の進歩によって、遠くにいる人にも瞬時にメッセージを伝え、
即座に応答を受け取ることができるようになった。
飛脚や伝書鳩の時代からすれば、考えられないような便利さだ。

だけど、問題文に「既読」をつけた瞬間から暗黙の制限時間が設けられ、
早く解答しなければと思って焦っている自分に気がついて、
なんだか急に可笑しくなってしまうことがある。

人にクイズを出していたとき、一番面白くないなーと思うのが、
「わかんない。答えは?」と時間を使わずにボールを投げ返す人だったのにな。