マジックとハチヨンの僕



土地から生成したマナという魔力で
天使やら悪魔やらドラゴンやらを召還して戦う。
その遊びを「マジック」と呼んでいた頃、
僕らは確かに魔法使いだった。
「マジック: ザ・ギャザリング」というカードゲームが、
当時世界で約600万人とも言われる巨大規模でプレイされていた。
僕のまわりでは中学1年か2年のときに急速にブームとなり、
また急速に消えていった。

ここに書くのはその一部始終
——魔法使いである僕らが魔法の力に翻弄された一部始終だ。

マジックは1対1で勝負するカードゲームだ。
プレイヤーは事前に手持ちのカードの中から、
60枚程度のカードを選んで「デッキ」を構成しておく。
ゲーム時は両者が自分のデッキを用いて戦い、
先に相手プレイヤーのライフを0にしたほうの勝ちとなる。

カードは十数枚単位で、何が入っているかわからない状態で売られている。
とても中学生がコンプリートできるレベルでないほど多種で、
当然、勝負のカギを握るような優れたカードもあれば、
てんで役に立たないゴミのようなカードもある。

なにせカードの種類が膨大なので、
それに伴ってルールもいささか複雑であった。
中学生の僕らにとってそれを厳密に覚えるのは難儀であったので、
細部に関しては多くローカルルールが採用された。

ついでにいうと、「無作為に」のようないくらかの難漢字については、
「むぞうさに」等、しばしばローカル独自の読み方が採用された
(僕らの学校周辺に限らず、他のローカルにおいても
やはり独自の日本語が多く使用されていたらしいことを後年に知った)。

そうしたローカルルールやローカル言語が正される機会のない程度に
僕らは閉ざされた世界でマジックを楽しんでいたのだけど、
あるとき、トレーディングカードショップなるものの存在を知って、
うっかりそこに足を踏み入れてしまったために、
このカードに秘められた真の魔力を知ることになる。

そこで僕らが目にしたものは、
ショーウィンドウに1枚1枚丁寧に並べられたマジックのカードと、
そこに添えられた、1000とか2000とか書かれた値札カードだった。

そのとき僕らは初めて、自分たちの持っているカードの金銭的価値を知ったのだ。

最初、誰もがこの新世界の発見を無視しようとした。
カード1枚に1000円も2000円もかけるなんて馬鹿げているし、
お金をかけて良いカードを買えば強くなるのは当たり前だ。

しかしそのうち、どうしてもゲームに勝ちたくて、
強いカードを仕入れにこっそり通う者が増えてくると、
そういう者に対して店より安値で手持ちのカードを売りつける者が当然現れる。

次第にエスカレートして、店にいる他の客に声をかけて
直接交渉でカードを売買するようにまでなって、
ゲームそっちのけでディーラーごっこに熱中し始める者もいた。

そうして僕らとマジックの関係は徐々に変わっていった。

カードは1枚1枚ビニールシートで保護されるようになり、
ゲーム中に誤って相手のカードに折り目をつけてしまおうものなら
そのままリアルファイトに発展しそうな勢いであった。

あるとき、遊びにいった友人宅でその友人の兄貴から
「バスケでおれに勝ったら好きなカードをやる。
おれが勝ったらおまえらのカードを1枚よこせ」
という勝負を持ちかけられた。

中学生3人チームVS大人げない高校生1人@友人宅玄関前コート。
一見こちらが有利に思えるルールをこさえられて勝負を受けるも
なんかうまいことやりくるめられて、あっさり負けてしまった。
勝者は、3人それぞれのカードの中から特に高額のカードを選んで
容赦なく抜き取っていった。

後日、バスケで勝てないと判断した僕らは、
カードを賭けてのマジック対決を要求した。
僕らが勝てばバスケで取られたカードを返してもらう、
負ければさらにカードを1枚渡すという条件で、敵は勝負を受けた。

先陣を切ったのは僕。
早い段階で極楽鳥の召還に成功し、こいつの生成するマナによって
序盤の展開を有利に進める。
さらに、寄せ餌&茂みのバジリスクを引き当てたことで勝利を確信。
寄せ餌が敵の全てのクリーチャーを引きつけ、
茂みのバジリスクがそれらをまとめて破壊する!
僕は華麗な勝利を収めた。

続く友人2人も見事にリベンジを果たし、僕らはカード奪回に成功した。

めでたしめでたしで終われば良かったのに、味をしめた僕ら3人は、
友人同士のゲームの中にこの賭けカードルールを持ち込んだ。
いけないことをしているようなスリルも手伝ってか、
この慣習が僕らを支配するのに時間はかからなかった。

中学生同士のゲームの掛け品としてやり取りされる数千円のカード。
日常世界の経済感覚とのバランスを欠いた遊戯に、いつしか誰もが疲弊していた。

僕らの中で、誰よりも早くマジックを始めていた者の一人に戸澤君がいた。
ある日、彼が学校に来るなり口にした呪文によって、僕らの世界は崩壊した。

「昨日窓からカード飛ばしたらめっちゃ飛んだ!」

ある者は爆笑し、ある者は戸澤の気が狂ったかと心配したが、
きっとみんな心のどこかで、この瞬間を待ち望んでいたのだ。

その週の週末だったか、衝動を抑えきれなくなった数人で
戸澤の家に行って、もうみんな夢中で自分のカードを外へ飛ばした。
絶大な力を持っていた魔法のカードが、俊敏な手首のスナップとともに
マンションの6階の窓から高速回転で消えていく。

さすが飛行クリーチャーは遠くまで飛ぶなあなんて言って
盛り上がる彼らを横でだまって眺めながら、
僕は、カードを飛ばさなかった。

高価なカードなのにもったいないと思ったのもあるが、
たぶんそれ以上に、せっかく覚えた魔法を手放す勇気がなかったのだ。

やがてこれに代わって新たなホビーが流行り、
誰もマジックの話などしなくなっても、
結局僕はカードを売ることすらできなかった。
きっと今も実家の物置のどこかで、あの日飛ばし損ねた極楽鳥が、
いつでも魔法を使えるようにマナを蓄えてくれていることだろう。

大学生になって、就活で知り合った人と話しているときに
たまたまマジックの話題になったことがあった。
彼もやはり魔法に魅せられ、魔法に踊らされた経験をもっていたが、
聞くと、カードの売買がきっかけで経済に興味を持ち、
経済学を勉強したくて大学に進んだというのだから、
マジックの見えざる力も侮れないものだ。

この記事を書いた人

akio 札幌生まれ、札幌育ち。 家庭教師仲介の個人事業を経て、現在はソフトウェア開発に従事。自称ジャストアイデアマン。ワクワクにコミットして生きたい。 BLOG:負けまいとする心でしょう!

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