「ごあいさつ~”国際的”って何?編~」


こんにちは、はじめまして!
1984年12月生まれの新米ライター、ナミキと申します。
今まで5年間、たらたらと自分のブログを書き綴ってきましたが、
外部に載せていただくのは初めてなので少々緊張。
どうぞよろしくお願いいたしますね。

さて、私がコラムシリーズ「ニホンの中のイコク」で綴るのは、
私たちが手を伸ばせば届きそうなところにある、
でも普段はなかなか触れないような、外国由来の「何か」のことです。

日本の中は「国際的」じゃないの?

突然ですが、私の身の上について。
私の最終学歴は、都内とは思えないほどへんぴなところにある某外国語大学の学士です。
そこには26種類の言語をそれぞれ専門に学ぶ学生たちが集い、
ラオス語漬けになったり、ロシア民謡を唄ってみたり、
インドネシアの舞踊を踊ってみたり、普通にジャズ研究会やったり、
普通にサッカーやったり授業をフケたり恋愛したりしながら日々を過ごしています。

私自身は、中東に留学したりしながらアラビア語を5年間学びました。
ついでに言えば、婚約者は同大学の留学生だったイタリア人です。
「すごいね! 英語もアラビア語もペラペラなんだ! イタリア語も喋るの?」
「いいね、国際的だね~」と、よく言われます。

でも実際のところは、大したことはないと思っています。
むしろ、中東に漬かり過ぎて何か他の大事なものを見落としていないか心配なくらい。
婚約相手とも、日本語100%で会話してるし。日本語でケンカしても負けるし。

それはさておき、「外国語を学んでいる・留学している・外国人の友達がいる=国際的」と言われるとき、私はいつも、違和感を感じるのです。

「日本の中で日本語使って暮らす人は、国際的ではないの?」

「国際的」って結局なんなのだ

この問いは多分、
「国際的(≒international)とは何か」という
少々コムズカシイお話に直結していくと思います。

英語の「international」という単語は、
「inter」と「national」の組み合わせで出来ていますね。

前者は、「~の間」「互いに」といった意味を持つ接頭語。
インターネットとかインターハイとかインターチェンジとか、
そういう言葉にも使われている、よく見る単語ですね。

後者は、日本が誇る某総合家電メーカーの旧ブランド名です。
あ、面白くないですね。すみません。
「national」は「主権国家」「国民」「民族」などを表す「nation」の形容詞です。
この単語をどう訳すかで、翻訳作品が示す意味はそれぞれ大きく異なってくると思います。
議論が絶えない、ちょっと難しい単語のようです。

そして日本語の「国際」という単語を見てみるならば、
「国」の「際(へり、近く、極限、直前)」という意味に分解できます。
「国(くに)」っていう漢字についても、
「結局なんなの? 国家なの? コミュニティなの?」という議論がありそう。

そうやって見てみると、私には、
「国際的」「international」という単語は、
単に使用言語や留学経験や交友関係を指すだけではない、
もっと大きな枠組みを指すような単語に思えます。

確かに、使用言語とか留学経験は「国際的」の定義としては明瞭で分かりやすい。
でも例えば、
国と国の板挟みになって生きる人、
民族と民族の狭間で生きる人、
文化と文化に挟まれた人、
そんな人を見守る人、
日本の中で、どこかの国に向き合っている人……

そんな人たちだって、分かりやすい形ではなくとも、
普通に「国際的な人」なんじゃないのかな、と私は思うのです。

仮にそう考えるならば、
ロシアに送る中古車を扱っているビジネスマンや、
漁船で外国人労働者と一緒に仕事するおじさんたち、
政治の都合で海外に派遣される自衛隊のお兄さんお姉さんは、
ただ外国語大学を出た私よりも余程、「国際的」な立場にいるのかもしれません。

日本と異国の間で、もう少し板挟みになってみたい

様々な「国際的」の形をもっと知りたい、伝えたい、
そうすることでもっと「日本」や「外国」と向き合いたい、
と私が文章を綴るキッカケになった事件を一つ、ご紹介したいと思います。

2010年2月8日、茨城県牛久市で、自殺事件が起きました。
収容所のシャワー室で首を吊ったのは、1984年7月生まれの日系ブラジル人。
彼の死は地元新聞の紙面で、ひっそりと報じられました。

5歳の頃に来日して、ポルトガル語は読み書きできず、母国に知り合いはいない。
三重県や愛知県で暮らし、それでも日本に溶け込めず、
不良と付き合い、22歳で道交法違反や覚せい剤取締法違反容疑で逮捕され、
ビザの更新ができず、25歳で収容所に収監され……そんな中で、彼が打ったピリオド。

彼の生きた想像を絶しそうな25年間と、私の生きた25年間とを比べながら、思いました。

「母国と異国の間で起こっていることも知らずに、私は『国際的』と言えるのかな?」

同じ空の下、同じ国で、同じ時代に同じ空気を吸いながら生きていたのに、
間違いなく私とは異なる環境に身を置いていたであろう彼。
彼のような人は恐らく、国籍を問わず日本中にたくさんいて、
その事実に向きあって何とかしようと行動を起こす「国際的な人」も、きっと何処かにいる。

私もこれから、手の届く範囲でもう少し、日本と異国の間で板挟みになってみよう。
それが、巷に出回る「国際的」の華やかなイメージにそぐわしいかは別としても。

そんな思いから、すぐ近くにあるのに遠い、
日本の中の異国についてのコラムを書かせていただきます。
とはいえコムズカシイ話は好きじゃないので、
基本路線は「おもしろたのしく★」を目指していきたいと思います(笑)。

この記事を書いた人

並木麻衣 /ライター
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国際協力NGO勤務、パレスチナ支援がお仕事。大学ではアラビア語と平和構築を学び、中東とNGO・NPO業界をうろうろ。横浜中華街出身の華僑に嫁いだものの、中国語を覚える気配は無し。

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