日本人はよく働く。
長期のバカンスも、毎日数時間のシエスタ(昼休み)も馴染みのない日本にいると、そう言われることがある。
たしかに、朝から晩まで働くサラリーマンや、いくつもバイトを掛け持ちするフリーターは珍しくない。
マンガや恋愛相談では「アタシと仕事、どっちが大事なの!?」みたいなシーンが定番だったりと、一日の時間で仕事のしめるウエイトはでかい。
でもだからといって、仕事が自分の人生の中心かというと、そうでもないことだってある。
———山形県。
今回のインタビューは、産まれて初めて訪れたこの県でおこないました。
髙橋さおりさん。
老人ホームやカフェで定期的に演奏会をしているというハチヨンです。
丁寧に音楽のことを話してくれる彼女はとても楽しそう。
…ですが、もともとはそうじゃなかったみたい…。
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「音楽を楽しむために」
髙橋さおり(山形県)
髙橋さおり…山形県出身。小さい頃からピアノを習い、大学では声楽を専攻。大学卒業後、地元でピアノや声楽を教えたりしながら、老人ホームやカフェで定期的に演奏会をおこなう。1月14日生まれ。
老人ホームやカフェで演奏会をしているんだってね。
いつから今のような活動を?
大学を卒業した年の秋からです。曲目は童謡とか唱歌とかトトロとか、そのときのコンセプトに合わせて考えますね。もう今年で4年目です。
将来は、ピアニスト??
ずっと音楽をやっていたの?
小さい頃から、自分はピアニストになると思ってたんですよ。
祖父が音楽好きで、小さい頃からまわりには音楽があふれていたんです。
唱歌、懐メロ、昭和の歌謡曲からクラシックまで。
そのおじいちゃんがずっと、「将来はピアニストになるんだ」と言ってピアノを習わせてくれて。私のほうは呑気なもので、ピアニストになるために頑張るわけでもなく、大きくなる=ピアニストになるんだーというふうに思ってました。
高校は音楽科へ行って、そのまま音楽大学へ進学しました。でもなにも考えてなくって。なんとかなるだろう、まあ死にはしないだろうって思ってました。(笑)
その後、大学を卒業してすぐに、実家へ帰って来たんです。そこで知り合いに、一緒に演奏会をやらないかと声をかけていただいたのが、今の活動の始まりでした。
まったく手抜きの演奏会
音楽をやるために、地元に戻ってきた…というわけではないんだ?
地元に戻って来てからは、音楽に対する情熱もそれほどなくて、とりあえずゴハンを食べるお金を稼ごうと思っていました。演奏会も、声がかかったらやりますというくらいの意気込みで。
実際に演奏会をするときも、いい音楽を演奏しようという気も実はそんなになかったんです。前の日に楽譜を読んで、当日はただ元気よく歌えばいいや、相手は年寄りだからなんでも喜んでくれるだろうって考えてました。
高校を卒業してから、同級生と定期的にクラシックのコンサートしているんですが、そっちはいっぱい練習して頑張ってたんです。演奏会はそれとは違って、完全に手を抜いてましたね。
演奏会が楽しそうな今のさおりさんからは想像できないな。
なにか変わるきっかけがあったの?
老人ホームにボランティアに行ったときだったかなあ……一緒に演奏した先輩が、おじいちゃんおばあちゃんに向かってものすごく一生懸命歌ってたんです。その先輩はイタリア留学に行ったりと、本格的に音楽を勉強している人でした。
歌ったのはクラシックとかじゃなくて、「か〜もめかもめ〜」とかそういう唄だったんだけど、ここまで本意機で歌うの?ってくらい心の底から歌っていて。
私、その歌を聴いたときに、「ああそっか~」って思ったんですよ。
たぶんこちらが本気で歌わないと、相手が誰であろうと届かない。それなのに私は今までなんていい加減な演奏をしてたんだって。
聞いてくれていた人に対してとても申し訳なく思ったのが、イチバンかもしれないですね。
すごく失礼なことをしていたんだと気づきました。
それに、自分だって、せっかくやるならちゃんとやったほうがすっきりするだろうなって思ったんです。
おお、それで変わらなきゃと思った、と。
そうですね。他にも、伴奏を頼まれた合唱団や、お手伝いしているピアノ教室での経験を通して、だんだんと変わってきました。
合唱団では、楽譜が読めない人や近所のお付き合いで入団した人もいたんです。そういう方たちと接しているうちに、始めは妥協しないで良い音楽を作り上げなきゃいけないと思っていたのが、ああそうじゃない、まず元気よく楽しく歌ってもらうことが大事なんだって思うようになりました。
ピアノ教室でも、最初はすぐに生徒さんに怒ってしまっていたけれど、ただ技術を叩き込むんじゃなく、会話をしたり今の状況を聞いたり、耳をかたむけることが大事かなってことに、だんだん気づいてきたんです。
音楽中心の生活へ
今の年の演奏会数は?
全部で10回くらいかな。老人ホームで年に2〜4回、カフェで演奏会を3回、高校の同級生とのコンサートが1回。演奏会以外では、音楽グループで本格的なクラシックの勉強会をしたりしてます。
カフェでの演奏会は、老人ホームなどのボランティアとは違うの?
メンバーはあまり違わないんですが、山形市内にある古い蔵を改築したカフェで定期的にコンサートをしているんです。年配の方が来やすいように、平日の昼間にやるんです。
祖父も喜んで毎回来てくれるんですよ!もう80代後半なんですけど、祖母とふたりそろって、片道1時間くらいかかるのに来てくれる。
演奏会ではいつも、お客さんは年配の方が多いんだね
同級生でも子どもいることもあるから、そういう人がいればアニメソングとか盛り込んでみたりもするかな。オファーに合わせて演目考えるの。
だいたい、みんなでも歌えるようにパンフレットに歌詞を載せたり、フルートやギターもあったりと、みんなで楽しめるような演目に作られているよ。
音楽中心の生活だと、就職は難しくない?
条件にもよるけど、ふつうの正社員にはなる気はないですね。
アンサンブル(合奏)だと、みんなの都合が合わないと練習できないんです。私の仕事の都合で土日しか練習できませんってことになったら、練習時間がものすごく制限されちゃう。
だから今のバイトも、時給が高くて時間を自由にさせてくれるという理由で決めたんです。
音楽が最優先なんだ。
好きなことをしてないと、すごくストレスがたまりそうなんです。
生活が安定しているけど好きなことができないというのと、好きなことはいっぱいさせてもらえるけどお金は苦しいよっていうんだったら、そっちのほうが楽なんですよね。
両親も、私がバイトと音楽活動でほとんど休日がないくらい一生懸命やってるのを見て、頑張ってるなって言ってくれる。弟はそんな私を見てか、正社員としてしっかり働いてますね(笑)
もっと楽しくなるために
将来はこういうことやってみたいとかはある?
具体的なことはとくにないですね。大前提として、自分が音楽の勉強を続けて行きたいってのがあるんです。そのためにはお金がかかるので、勉強するために働くという感じですね。
勉強ってどういうことするの?
音楽の研究グループで先生をお呼びして公開レッスンをしていただいたり、個人でどこかのレッスンを受けに行ったりですね。先日も、東京に社会人向けの音楽の夏期講習を受けに行っていたんですよ。
音楽を学ぶこと自体が楽しいってことかな。
学んでも学んでも、次々と新しいことが入ってくるんです。音楽や、演奏法や、技術的な面、音楽の解釈についてもそうです。学べば学ぶほどにもっと演奏ができるようになってくる。だから、いくら学んでもいいと思ってます。
大学時代は、ずっと恵まれた環境のなかで遊んでたからなにも頭に入っていない。卒業してからお金かけてまた学んでるんだけど、それはもうしょうがない。もっといい演奏ができるようになったら、もっと楽しいだろうって思うから。
今は今の状態でけっこう満足してるんです。
このままもっと音楽について学びつつ、演奏することを続けたい。
まあ、演奏することも学びのひとつなので、演奏や学びを通して、いろんな人と関わっていきたいですね。
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このインタビューコラムも、9回目をむかえました。
最初にvol.0に書きましたが、いろいろな人の話を通して、“働く”こと、そして生きることについてナマの声が聞けたらな〜と思って始めたコラムです。
冒頭に書いたこと―——仕事が自分の人生の中心かというと、そうでもないことだってある。
なぜ働くのか。
なんのために働くのか。
そこには、それぞれの答えと選択があります。
なーに言ってんのアタリマエでしょっ、て思いました? そうですきっと当たり前なんでしょうね。
だからこそ、自分とは違う選択の同世代のお話を得て、いろいろな可能性に思いを巡らせるきっかけになればなあ、と思います。 slots online spielen