“働く”って、めんどくさくね? vol.11 「フランス料理を身近に」


フランス料理。

それは、敷居が高い、というよりも、
「ゆっくり優雅に食べなきゃいけないのにマナーがわかんなくて焦って味がよくわかんなくなるけど豪華な気分になる料理」というイメージでした。

「でも、そんなことないよ」と彼は言う。
フランス料理人の彼——新井くんは、これからフランスに飛び立とうというフレンチシェフ。
オムライスが好きだからフランス料理を選んだという彼を、10月の出国直前に富山県でつかまえました。

新井くん、フランス料理と聞くと特別なディナーだと勘違いしてしまうこんなわたくしでも、フレンチに親しむことができるのでしょうか?
だって……あたしもオムライスが好きなんです!!

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『フランス料理を身近に』
新井ケンスケ(フランス料理人/富山県)


1984年9月4日生まれ。富山県出身。乙女座。O型。高校卒業後、富山のホテルに3年間勤める。その後、軽井沢のフレンチレストランに3年半勤務。今年10月からフランスのレストランで働く。

料理はずっと好きだった。食べることも好きだった。

小さな頃から料理が好きだったの?

そうだね。おふくろがけっこう料理上手で、小さいときから家族みんなで料理してた。
それと、食べることがみんな好きだったね。「お金は使うためにある、それならおいしいもん食べよう!」って。
だから料理は身近にあったかな。俺は3人兄弟の末っ子で、一番上のアニキも和食の料理人だしね。
でも野球が好きだったから、実は野球の監督になりたいなーとかも思ってたよ。

ずっと料理人になりたいと思っていたわけではなかったんだ

とはいえ、小学校2年生か3年生の文集に「洋食の料理人になる」って書いてるのが残ってるから、ああそうだったのかな〜とも思うけどね。書いた記憶ないけど。
実際には、高校を卒業して就職するってときに、料理が好きだから料理をやろうと単純に思ったの。
とくにオムライスが好きだったから、フランス料理をやってみようか、とね。オムライスはフランス料理のオムレツがベースになってるからさ。
それで、地元のホテルに就職して料理人として働き始めた。3年働いて、そのあと軽井沢にあるフランス料理のレストランで3年半働いて、今年の10月からフランスのレストランに行くんだ。今はちょうど、フランスに行く前に実家に戻ってきているところだよ。

料理の世界は完全な実力主義

仕事はどんな感じ?

厳しいよ。最初は洗い場から始まり、次はパティシエの下。その後、前菜担当、と出世していく。
ここまではわりとみんな自動的に上がれる。そこからはもうほんとに勝負。出世するためには、たくさんのことを覚えないといけないし、料理の腕をみがかないといけないし、仕事の奪い合いに勝たなきゃいけない。

実力次第ではどんどん出世できるということ?

そうだね。でもタイミングもあるよ。
急に「お前やってみろ」ってやったことのない仕事を振られることもある。そのときに対処できれば、今後もその仕事をまかされる。
他にも、賄いで作った料理が実際のメニューに採用されることもあるよ。
軽井沢の店では、賄いを作るのは当番制だったのね。そこでは賄い一食分の予算が決まっていて、その予算のなかでお店のメニューとしてもお客さんに出せるようなクオリティのものを作らなきゃいけなかった。けれどそこで料理が評価されて、実際にお店のメニューのひとつに採用されることもあるんだ。
ポジションは奪い合いだよ。本当に実力の世界だからずっと下の立場の人もいる。逆に「僕はパティシエがいいです」って言って何年もパティシエの人もいるけど、それは個人の目指すところによるから。

けれど、上へあがっていかないと、給料もあがらないし、楽もできない。別に俺Mじゃないからそんなにこき使われたくないもん。でも上にあがっていけば、ちゃんと評価はしてくれるからね。
ただし自分の立場が上になってくると、下についている人間は必ず俺の指示に従わなきゃいけない。
そうなると、俺の指示で動くぶん、失敗したら責任はぜんぶ俺。…料理がでない、発注ミス、原価があがる……責任はぜんぶ俺になる。だからしっかりやらないといけない。

料理の世界は体育会系というけれど、まさに勝負の世界だね

実際、体育会系の人は多いよ。軽井沢のレストランでも、いろんなスポーツの東京選抜や大阪選抜やインターハイ出場者とかばっかりだよ。そのメンバーでスポーツやったらすっごいウマいよ!

ほんとに体育会系だ(笑)

料理は体力勝負なところもあるからね。何回か、仕事中に過労でぶっ倒れたこともあるよ。その時は人が足りなくて毎日睡眠2時間くらいだった。そんな生活を1年間。その間、400回くらい仕事辞めようと思ったよ。

はげしすぎる!
そんなに働いて、さらに個人で勉強もするんでしょう?

覚えることもたくさんあるしね。
たとえば俺は、毎日絶対5分以上は、料理に関係する事をするって決めてる。なんでもいい。料理番組を見るとか、料理の本を読んだりとか。
それとこの8年間、常にメモ帳を持ち歩いてパッとした思いつきや料理のアイデアをメモしてる。そういうことを続けていかないと身にならないんだよ。

料理をしていないときはなにしてるの?

俺は多趣味だからなあ。ずっと小学校から野球をしていて、少林寺拳法も13年、スキーは3歳からやってる。
親父の指導が「なんでも興味持ったらやりなさい。そのなかで自分の好きなことを見つけて、これでほんとにやりたいと思ったらきちっと納得いくまでやれ」っていうスタンスだったんだよね。
最近は、トランペットを始めたよ。ミニトランペットを買った。『天空の城ラピュタ』のパズーの真似がしたくてさ(笑)

この世で一番うまい料理は…

ほんとに料理が好きなんだね。家でもつくる?

料理作るのは、好きだね〜。家ではときどきつくるよ。
あと、付き合ってる子が作ってくれた料理にはぜったいに何も言わないけどね。そりゃおいしくないときはあるよ。でも作るたいへんさを知ってるから。それに、たいへんなのに作ってるのがまたかわいいの。

なんでちょっとノロケみたいになるのよ(笑)

いやあでも、基本的に家で食べる料理は仕事とは違うから。おにぎりとかさ。奥さんが料理できたら嬉しいよ。花嫁修業しといたほうがいいよ(笑)
前の職場の料理長がこう言ってたんだけど……
「この世に一番うまい料理はひとつしかない」。
なんだかわかる?

自分の料理? …あ、お母さんの料理?

そう。おふくろの味には絶ッ対にかなわない。その話聞いて、素敵だなあって思った。でも、ほんとにそうなの。
俺のおふくろは、俺が高校生のときに亡くなったんだ。もう8年前かな。その8年間のうちに何度か、同じく料理人のアニキと一緒に、おふくろが昔よく作った砂肝の中華風炒めを作ろうとしたんだ。でもまったくできない。昔よく手伝ったことがあるのに、全然作れない。
もちろんおいしいものはできるよ。でも逆に、おふくろはプロじゃないからもっと違うやり方してるんじゃないかな、とか、選択肢が無限にあるの。わかんないんだ。だから、未だに作れない。もう作るのは無理だろうなあ。おふくろの料理食べたいなあって思うときはあるけどね。

そうかあ、プロの料理人でも作れないんだ…。プロだから、かもしれないけど

ね。でも今度産まれてくるときは、フランス料理を作る側じゃなくて食べる側になりたい。そういう料理人は多いよ。
というのは、料理は形に残らないからね。思い出に残るよとか言っても、やっぱり形として残るものの喜びってあると思うんだ。もちろん、食べて喜んでもらうってのはすごく嬉しいよ。それはべつにして、一品に何日もかかって準備してるのが、30分くらいでさよなら〜〜。

……すごく大事に食べよう、これから

フランスに行く!

これからはフランスで働くのね

そうだね。これまでに俺は、まず富山のレストランで料理の基礎をある程度理解して、それから軽井沢のレストランに行った。軽井沢でフランス料理のレストランの基礎をある程度理解できてきたかなーって思えたから、次は本場のフランス。今行かないと、30歳をこえてしまったらフランスで雇ってくれる人も少なくなってくるからね。

フランスで働くところはどうやって決まったの?

自分で店を探して、履歴書に手書きの手紙を添えて送ったら、お店のオッケーが出たんだよ。ミシュランの星付きレストランもとってる日本人シェフのお店。
フランスには知り合いのツテもあったんだけど、紹介してもらえるところが自分の行きたいところなのかっていうとそれは違うからね。だから自分だけで探したお店に行くことにした。
これもタイミングが良かったなー。後輩の料理人の場合は、手紙を40通送って、返事をもらって直接会って話すまでになったのは2つだけだもの。俺は1つ目でオッケーが出たから、運がよかった。

よかったね!しかも日本人シェフのお店なら、日本語通じるし。

でもメニューもお客さんも日本人じゃないからね(笑)
フランス語も料理のメニューなら読めるけど、話せないから今はフランス語教室に通ってるよ。
俺めっちゃビビリだからね、チャンスはピンチだと思ってる。言語もなにもかも、失敗しないようにすごく準備して行かないと。

富山でずっと料理をつくりたい

今後はずっとフランスにいるの?

今のところ1年間の予定。そのあとはまだわからないな。1年じゃもったいないと思うかもしれない。
でも10年も20年もフランスにいようとは思ってない。俺は将来、富山で自分の店を持ちたいからさ。

最終的に富山に戻るっていうのが目標なんだ!

そう。そのためにやってる。フランスから戻ってきてすぐに富山で自分の店ってわけにはいかないから、具体的な時期は決まってないけどね。
じつは、富山にはフランス料理のお店があまりないんだよね。イタリアンはあるけど。みんな基本的に外食しないしね。
フランス料理は敷居が高いとか、値段が1万円超えるとか、そう思っている富山の人は多い。でも500円で食べられるフランス料理もある。ただそういうお店が富山にはないんだ。
イタリアンだって、本来はコース料理なのに手軽に食べられるでしょ。
それに最近ではビストロ(気軽に利用できるフランスのレストラン)って言葉も広まってきて、若い世代がフランス料理に馴染みが出てきているのは間違いないと思う。そんな気軽にフランス料理を食べられるお店を富山に作りたいんだ。

それは個人店で?

そうだね、調理場2人、ホール2人くらいの規模の店にしたい。経営者になりたいわけじゃないから、大きな店じゃなくていい。俺はずっと、最前線で料理を作っていたいからさ。

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ビストロ……なにも知らずに利用していたけれど、あ、あれってフランス料理だったのですね。
そう思うと、敷居が高いと思っていたフランス料理も、知らない間に身近なものになっているみたいです。
え、ビストロがフランス料理だと知らなかったのはわたしだけだって?まあまあ強がるなヨ。

慣れ親しんだ友人との今度のランチは、ビストロなんとかとかいうお店で料理を食べ、フランスに思いを馳せてみるのもいい。
そして週末はひさびさに、母の料理を食べてみるのもいい。