“働く”って、めんどくさくね? vol.6 「『実りある退屈』な時間を過ごすこと」


「最初に、自分マトリックスをやってもらってもいい?」
彼は会ってすぐにそう切り出した。
ノートを1ページ破り差し出すので、わたしはそれをわけもわからないままとりあえず受け取る。

「まんなかに自分の名前を書いて、で、そのまわりに自分の関心のあることや最近はまってることを思いつくままに書いていって。『コーヒー』とか『ギター』とか、なんでもいいよ。頭に浮かんだことを」

なんだなんだ? 戸惑っている間にも彼はもう一枚の紙にさっさと自分の名前を書いていく。
し、仕方がない…とりあえず言う通りにやってみようか…。
初めて会ったばかりだというのに、即、無言。

10分後、紙一面が文字で埋まると、私たちはお互いの紙を交換した。

「すげー書いたね、ありがとう!
これ、“自分マトリックス”っていうんだ。“偏愛マップ”とかとも言うみたい。最初にそれをやってもらうと、わりとどんな人かわかるんだよ」

すげー楽しそうに、赤坂君は笑った。

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赤坂「『実りある退屈』な時間を過ごすこと」

赤坂明生(北海道札幌市/SE/元「考動力研究会」運営)
1984年5月15日生まれ。北海道札幌市出身。北海道大学で認知心理学を学びながら、家庭教師の仲介をする「考動力研究会」を立ち上げる。大学卒業後、「学習塾イッポ」も設立するが、今年3月に「考動力研究会」ともども業務を終了。今は札幌市内でSEの見習い中。
blog 『負けまいとする心でしょう』

国語のテストがずっと不満だった

大学時代に、個人事業を始めたんだよね?
私が赤坂君を知ったのも、そのHPがきっかけだったな。

ありがとう。そう、大学で認知心理学を学びながら、3年生のときに友人と「家庭教師の考動力研究会」という家庭教師の仲介業を始めたんだ。
俺は小学生の頃からずっと、国語のテストに不満があったのね。国語は数学みたいに答えがひとつではないのになぜかテストの正解はひとつに決まってる。子どもたちが可哀想なんだよね。大学生になって家庭教師のバイトを始めたんだけれどそこでも納得できなくて、それなら自分で満足のいくようにしようと思って「考動力研究会」を立ち上げたの。

そこは、他の家庭教師の会社とは違うの?

そこではずっと“自律支援型の教育”を目指してたんだ。どういう事かというと、生徒が自分で勉強していけるようにすることが家庭教師の役目だというスタンス。最終的には家庭教師が必要とされなくなるところを目指してやっていきましょう、っていうことをずっと言ってた。わりとそこに共感して来てくれるご家庭が多かったかな。
大学を卒業して一緒にやってきた友人は就職したので、俺は「考動力研究会」を続けることにした。内定をもらっていた会社もあったんだけど、結局は辞退して、ひとりでやっていくことにしたんだ。
「考動力研究会」を立ち上げて4年目に、「学習塾イッポ」というのも作った。
そこでは“朝塾”“国語塾”“個別指導”の3パターンの塾を開講した。教える人は大学生をアルバイトで雇ってたんだけど、運営は自分1人でやってたのね。でも、力不足を感じることが多くなりまして。

どんなことで力不足を感じたの?

HPやブログを見て共感して連絡をくださる人が多かったので、集客はけっこう順調だったの。
けれど、大学生の家庭教師アルバイトが増えてくると、質を保てなくなっちゃって。
それは学生ではダメだというよりも、俺自身が学生の能力をうまくマネージメントできなかったんだよね。
それで、このままではダメだな~と思っていったん全部辞めることにした。結局「学習塾イッポ」は実質1年、「考動力研究会」は4年間やったことになるね。

それで教育関係を離れて、今はSE に?

うん。今年の4月から、札幌でSEの見習いとして働いてる。
教育には関わっていきたいけれど、べつに教える立場ではなくても何ごとも教育につながってると思うんだ。それに、ひとつの業界でしか働いてない人って見方や考え方が狭かったりするでしょう。教育業界も例外ではないと感じて、専門的な知識も得られる他の業界で働く事にした。今の仕事先は、そこにいる人と一緒に働きたい環境だと思ったのも就職の決め手になったな。
とりあえず3年を節目に考えている。その間に自分の目標をいくつか設定しているので、まずはそれをクリアする事に集中しようと思っているよ。

決め手は“発想力”

これからの3年間の目標って?

自分は「発想力…つまりアイデア」を武器にしていきたい。
だから目標のひとつは、発想力を高める事。そして、その発想力というものをどうやって目に見える価値に変えていくのかが課題だね。
コミュニケーション能力とかもそうだと思うんだけど、発想力って目に見えない能力だから、見えるようにしないとその能力を他人にプレゼンできない。今のSEの仕事に取り組んでいくことで、アイデアを形にできる専門的な力を身につけていこうと思ってる。同時に、アイデアを具体的にしたいろんなイベントを企画して、今すこしずつ動き出しているところだよ。

それと、個人事業ではなく集団のなかで働くことで、チーム作業について学びたい。チームをちゃんとマネージメントできるようになりたいんだ。それが出来ないかぎりは、結局のところ成長しないんだよね。自分でなにかをやりますと言っても、人がついてこない限りは成功しない。

今の時期はもう、地に足をつけてコツコツやってかないとダメな年齢だなあと思ってる。それでもふわふわしてるけどね。でも、ぼやぼやしてるとすぐに30歳になっちゃうからな。

84世代は今年度で26歳かぁ
たしかにコツコツ努力をすることは大切だと言うよね

1930年代にラッセルという人が書いた「幸福論」のなかに、『実りある退屈』という言葉があるのね。と聞くと難しそうと感じるかもしれないけれど、この本はめちゃくちゃ読みやすくて、今読んでも古くないよ。
そこに出てくる『実りある退屈』というのは、まあ要約すると、退屈には良い退屈と悪い退屈があって、偉大な人の人生はおしなべて『良い退屈』の時間を含んでますよ、ということだね。『良い退屈』というのは、コツコツと自分の力を積み上げる期間のこと。そこから逃げちゃいかんよと言っているわけです。だけど現代にはいろんなコンテンツが溢れているから、その退屈から逃げちゃうことができるんだよね。

俺もすぐ面白そうなことや派手なことに目がいってしまって、コツコツと積み上げていく『実りある退屈』な時間を持てていない。その『退屈』をいかに確保するかというのが、僕の目下の課題であります。
そうは言っても焦っちゃうんだけどね。

なるほどー。ではコツコツ自分の力を積み上げたあとは、その力をどうするの?

まだいろいろ悩んでるんけれど、最終的には北海道に大学をつくれたらいいなと思ってる。北海道って私立大学があまりないんだよね。だから北海道から本州の大学に行っちゃう人が多いみたい。

今って、成長過程のなかで学校の勉強の比重が重いでしょう。そこからドロップアウトしちゃうと、学歴コースとは別のコースを選ぶことになる。大人になって仕事はバリバリできるけれど、学校の勉強には興味が持てなかった人はけっこういるんじゃないかと思ってるんだ。
そういう人たちを救い上げられるような場所が北海道にあったら面白いな。わざわざ進学で本州に出て行かなくても、魅力的な私大が北海道にあればいい。
北海道はいいところなんだよ。だからもっと、盛り上げたいんだよね。

大学つくるって、かなり大ごとだね…

だよね(笑)大学とはいえ、少人数の学校でいいとは思っているんだけどね。
母校の北海道大学の先生にちょっとその話をしてみたら、「大学っていうのは学部をひとつ作るのに人が1人死ぬくらいたいへんだぞ」と言われたね。辞めろとは言わなかったけど。
だけど、できれば「大学」っていう形がいいんだよ。専門学校ではなく、大卒の評価が得られるところがいい。
でも、まだまだ先だなー、具体的になるのは。とりあえず今はコツコツと今の仕事を頑張って、『実りある退屈』の時間を送らなきゃ。

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ぼやぼやしてると30歳になっちゃう。
地に足つけてコツコツやらなきゃな。
そうは言っても焦っちゃうんだけどね。

毎日をふらふら過ごしている私に、その言葉たちはずしーんと身にしみてしまった。
『実りある退屈』、かあ。
とうにお肌は曲がり角。最近はスーパーのビニール袋も水スポンジに触らないと開けない状態。もうわたしのカラダ、自分で水分を作り出せません~~。
そろそろふらふらするのも程々にしないと、そのうち何をするにも身体が追いつかなくなるかもしれません。
そうは言っても、ぼやぼやしちゃうんだけどね。